須賀神社は古くは「若一王子社」といい、今でも地元の古い人は「にゃっこうじさん」と親しみをこめて呼んでいる。前の橋の名も「若一王子橋」である。 この神社は、平安初期の元慶元年(877)9月8日創建という。この年三鏡山(小文字山)に怪火があり、富野村では悪疫が流行し多数の死者がでた。ある日村人が山中で出会った童子に「我は須佐之男命(すさのおのみこと)の化身なり。悪疫を終わらせたくば我が宮を建てよ」と言われた。村人たちは山中に神社を建て「若一王子社」と呼んだ。悪疫は収まり平穏な里になった。 応永年間(1400年頃)裏山の若王子城主門司一徳斉俊親が、山中の神社を今の所に移した。その後戦乱が絶えず神社も荒廃した。 江戸時代になって、村人たちは藩主細川忠興に神社の再興を願いでて、元和3年(1617)130年ぶりに再建した。 また、江戸中期の有名な儒学者荻生徂徠(おぎゅうそらい)が、近くの小笠原藩家老の別荘「忘言帝」に来た時、ここにも立ち寄ったらしく、「四海太平 少将之春」の書を残している。 (小倉北区役所 案内板より) |
登美の住民は氏族繁栄・五穀豊穣・災厄消滅の祈りをこめて、須佐之男命をはじめ様々な神様をこの地に移しました。 疫病が大流行した際、すぐに病魔を退治したことから、遠近の人々で神社の前に人でにぎわったといいます。 (境内案内版より) |
延命寺川は、大谷池から須賀町、赤坂を流れています。 【延命寺川のホタル】
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